メインディッシュを残す

求める必要がないものを求めているような気がしていて
それは錯覚であってほしいと願っている。

でもだいたいいつも同じ悩みを抱えていて変わりばえしないなぁ。
この日々がずっと続けばいいのに、と思う気持ちと、

大きな変化を求めている気持ちの両方がぶつかりあってるこの矛盾感がある状態それこそが日常なのだ、と解釈してしまうなら、

もうこの場所から動く意味も動かない意味も、両方見つけられなくなってしまうようなものだ。
ただ思うのは、自分の思考で動くことができているのか、

自分で考えることができているのか、そのことばかり心配にはなる。

ところで今日は、いわゆるコース料理を食べたのだけど、

メインディッシュのところですでに満腹になってしまい本来大喜びで飛びつくはずの肉料理を半分残してしまった。

すると帰り際にシェフらしき格好をしたおそらくシェフである人物から、

お口にあわなかったようで申し訳ありませんと言われてしまい、大変申し訳ないのはこちらです。という気持ちになった。
まさか残すと、そのように解釈されてしまうとは。メインディッシュの肉が超でかかったのだから仕方がない。

あれを食べられる物質的質量を私は持ち合わせておらず、

そもそも満腹感というものが苦手で日頃から少食の私に、シェフを悲しませないですむ術はなかった。

しかし食のもったいなさ、という観点から見れば、私なんぞはコース料理を食べていい人間ではない。
でもメインディッシュの肉を残したのは恐らく今日が初めてだったので、

そういった意味ではお口にあわなかったというのは正解かもしれない。

とにかく食べ物を残すと色々最悪なことになるから、コース料理を次に食べる時は、昼ごはんを抜きます。

しかし抜いたからって、夕食がたくさん食べられるかというとそうでもない。
色々残念な結果であった。

 

 

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at 23:32, あおき, コラム

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もう 絶対 二度と 離さないでね?

どうでもいいけど、私を離しちゃだめだからね。って怖い。

しかし、ソラニンで宮あおいが言ってた時は、怖いと思わなかった。

どういうことだ?

ただ単に言う人の問題だとしたらそれはひどい話だ。

 

私を絶対裏切らないでね?とか

それを言う必要がある状態は、もう裏切られるフラグが立ってるといえる。

 

べつに裏切ってもいいよ、とか言われると、裏切ってやるもんか。と思えてくる。

おや、これは心理だぞ。

 

私はあなたがいなきゃだめなんだからね。

と言うと、

お前は俺がいなきゃだめなんだろ?という姿勢に相手が変わってくる。

 

対等じゃないと関係が続かないとしたらこれは、もう、だめだ。

 

人間関係は足して100にしかならない。

 

こっちが90で接すると、相手が10になってしまうのは

逃れられない現実だな。

 

病み垢を見てると病んでくる。仲間意識の高さに目が眩んでくるんだ 。

 

 

 

 

 

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at 21:30, あおき, コラム

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名前。

いつ気付くだろうか。
今が不幸だと思ってる人は、その原因がなくても、また不幸を見つけ出すということに。
自分は不幸なんだ。不幸だと思わなければいけない。

自分は今、かわいそうな状態なのだ。と言い聞かせることで安心する。

病名がつくと安心するのと同じだ。おや、これは真理だな。

名前をつけなきゃ不安になる。
お前は人と違うんだ。私は人と違うのだと。
区別するための名前なんてなくしてしまえ。

でも、僕たちみんな地球人。には笑ってしまう。

よく怒る人は、怒る理由をいつも探している。

自分はまともな人間なのだと自分に言い聞かせてるみたいに。

 

 

 

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at 19:00, あおき, コラム

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西表島の学校

イダの浜に行きたい。

次に行かなければならないところはイダの浜だ。

西表島の港からレンタカーで35分走ったところにある港からさらに船で10分乗る。

あらゆる乗り物を駆使してたどり着ける桃源郷。

 

オフシーズンは1〜3月。この頃は本当に人が少ない。らしい。自分が行った1月は確かに独壇場だった。

レンタカーを運転中、突然止まって外に出て、「うっひょ〜〜!あ〜〜着いちゃったな〜〜!」と叫んで、

しばらく道に座りたそがれている間に、車が一台も通らないくらいに、独りだった。

雑踏から逃げたくて行くのだから、静かで、誰もいないほうが、いい。

 

その浜の近くに竹富町立船浮小中学校という学校がある。

全校生徒は小中あわせて4人。

小学4年生が2人、中学1年生が1人、中学2年生が1人。

教員のほうが多い。

 

この学校が廃校にならないことを祈っている。

なーにこの小学4年生の二人が中学を卒業するまでにあと

5年あるのだから、それまでに誰かが引っ越してくるさ。

きっと。

 

 

 

 

 

 

 

at 18:53, あおき, コラム

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優しい、優しくない

夏。

蛍はどこにいる?

かき氷にアイスを入れるとめちゃくそうまい。

花火。ロケット花火を瓶にたくさんさして火をつける。

ような遊びをする人と花火はしたくない。

媚びた瞬間、急に安っぽく見えてくる。

8月11日は山の日。

そして蚊に刺される。

 

朝から猛暑猛暑、今日は猛暑ですと連呼。

そして35度。平均と比べる。例年と比べる。例年通りだと安心する?

1日中扇風機を浴びて、体から水分が無くなってく。

脱水症状にご注意。熱中症にご注意。アルコールの飲みすぎに注意。

注意のしすぎに注意。抑制のしすぎに注意。

 

ビアガーデンで静かに飲みたいなんて無謀。みんなでスマホを触るテーブル。

よくわからない人が遅れてテーブルに着く。店員さんは元気。夜空の下の熱気。

 

達成できやしない目標を掲げる。目標を掲げるだけで満足だから。

世界は優しくない。優しくない人には、より一層そう映る。

 

 

 

 

 

 

 

 

at 19:02, あおき, コラム

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「煽る」と「煽らない」という選択肢

正解はなくても、不正解はある気がしてる。
だとしたら自分は不正解ばかりを選んでる。
それを悪いと思ってないとしたら、それ自体が不正解か?

判断を相手に委ねると、より一層「正しさ」はわからなくなる。
自分王国では自分が全て自分が「正しい」わけだから、ずっと自分王国にいたいとも思う。

楽な道を選んだ後に残る脱力感は、とてもクソみたいだ。
楽を選ぶのに慣れると、どんどんつまらなくなってく。

ほら、あいつも簡単なほうを選んでるから、自分も簡単なほうを選ぶんだ。
だから大丈夫、大丈夫。だめなのは自分だけじゃないから大丈夫。

ホントは辛い方に進んだほうが楽になる。
逃げなかったことで生じる辛さよりも、
逃げてばかりの自分を抱えて生き続けるほうがつらい。

 

 

というブログを前に書いて下書きに残していた。

 

そんな分岐点って多くあるか?

楽なほうと辛いほう、選ぶなら辛いほうだぜ!みたいなことってそんなに多くないだろ。

常に何かに対して、自分は辛い気持ちを抱えていなくてはいけない感じが出てるぜ。

そういう分岐点があるなら、実際の例を出して語ってほしいものだ。

 

・なかなか返事が来ない人に、もう一度LINEを送って煽ってみた。とかね。

「煽る」と「煽らないで待つ」という選択肢の中から、

嫌われるというリスクを背負った上で、「煽る」を選んだのです!私は辛いほうを選択したのです!

 

しかし、これは先ほど述べた、「辛い方を進んだほうが楽になる」理論にちゃんと結びつくのかね。

 

煽らないで待つほうが楽な気がしつつ、待つのが耐えきれなくなったわけだから煽ったのだろうけど

結果待つのは同じなわけで、苦しみはより倍増するだけだ。

 

でも煽ったあとの返信でよくあるのが、「ごめん返事忘れてた」ってやつで、おいおいその返信、内容がないよう!

となって、結果、煽る必要がある場合は、煽る必要がない、という結果になる。

つらいつらいと書いていると、ちゅらいを思い出してしまって、それがまた微妙につらい。

 

 

 

 

それはそうと今週のオススメMVはこちら indigo la End 「プレイバック」

なんなんだこのフレーズは。理解不能。2:45からは本人も再現ができないほどの難解さ。

叩いてる時の重心が中心から全く動いてない感じがたまらない。重心の中心。

でも超いい曲。自分的にはindigo la End史上最高の名曲。

昔1度だけ対バンした時に一言も会話をしなかったのは、我々が心を閉ざしていたから。

 

昔対バンしたバンドが有名になり、その売れたバンドと俺、昔対バンしたことあるぜって話は

現実世界ではタブーとされている。ダサすぎて。

 

 

 

at 18:14, あおき, コラム

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今のために生きていい時間

常に先を見て生きなければならないらしい。

今の自分のために生きていいのは、一体いつなのか。

不安は無くなるものじゃない。そして無くす必要がない。

 

完全に不安が無い状態は、死んだ後にやってくる。

死ねば、死ぬかもしれない恐怖から解放される。

「あんまり死ぬのを怖がるとな、死にたくなっちゃうんだよ」(ソナチネ)。

 

その日暮らしをしているシマナガシ矢吹の生き方は誰もが心では羨ましいと思いつつ

しかしそれを認めてしまっては今の自分を否定することになるので、誰も言えない。

昔の友達に言える程度の生き方なんて、ロクなもんじゃない。

だからfacebookがうまく使えないのかもしれない。

しかしfacebookを疑問を抱かず使ってる人なんていないはずだ。友達はだいたいやってない。

 

クラスの中には陰の人と陽の人がいる。

自分の時代にSNSがあったら、あいつらはメモ帳に記したみんなへの感謝の言葉ツイートするんだろう。

そして付き合ってる人達は、ディズニーの写真をUPして、別れたらそれを消すんだ。

陰であった自分はどうせSNSでは謳歌せず、結局はライブハウスの中に居場所を見つけていたと思う。

時代が変わっても自分の行動の原点は変わらない。

 

 

 

 

ところで今週のおススメ映画は「夜空はいつでも最高密度の青色だ」。

渋谷ユーロスペースとかでやってる。

 

渋谷ユーロスペースは自由席だ。

以前「ケンとカズ」を見た時は、隣のおじさんがでかい人で、かなりの圧迫感を2時間耐えた。

普段、快適な空間でばかり見てると、こういう時の免疫力が低下する。

便利を追及すると人は弱くなるだけなのか。と考えてしまう。

 

 

 

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at 15:14, あおき, コラム

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痩せてもらっては困る

選ぶ権利があることを忘れなければ、垂れ流されてるニュースに腹をたてることも減る。
朝から録画していたMTVの番組を見てる。

ノウハウ本を読まなくても、その本を読んだであろう人たちの行動を見ていれば、何が書かれているかを想像できた。

ダイエット本でホントに痩せてもらっては困る。次から誰も買わなくなってしまうじゃないか。
そういった意味では、絶対痩せられる方法は書いてあるわけがない。

努力しないで楽して痩せたい人は、本を読むのもめんどうなはずなのだけど、

読むのもめんどうな人の心を突き動かすだけのタイトルをいかに付けるか。

痩せられそうな表紙を考えられるか。それがダイエット本から学べることだ。

いやいや、学ぶ方法なんてどうでもよかった。スキルアップとか。そんな言葉見たくもない。
新しい時代を生き抜くために、とか、あぁどうでもいいそんなことは。

みんな自分のビジネス本を売りたいから、今のままじゃだめだよと急かしてくるだけなんだ。

そんなことより、土日の天気が気になる。



 

at 19:19, あおき, コラム

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漠然とした無重力感

納得できるものまでって、なんて遠いことよ。
誰かに何かを委ねることで責任を分散させたのは、よくなかった。

自分の力を信じることができなかったからそうなったのかな。
自分のできないことは誰かにまかすべきだが、自分のできることまで、まかせてしまったのかも、しれないぞ。

そうすることで責任転嫁ができてしまう。逃げ道ができてしまう。

言い訳もできてしまうってわけだ。

誰も追いかけてこない。
持ち物だけが増えていく。

それはそうと、もう夏が近づいてきている。

at 00:55, あおき, コラム

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拒否は簡単。その殻をかぶったままではいられない。

それは今に始まったことじゃない

ただ少し忘れていただけ。そして少し思い出した。

近頃夢を見すぎてる。

人生においてこういう時期がたまにくる。いつ終わるともしれない長い日々が。

そんでもって取り戻してきてる感覚がある。

それは取り戻したかった感覚で、でももう戻らないんだろうと嘆いていたものでもある。


だからひたすら戸惑う。
自分1人の問題だから、誰かの間違いを指摘している場合じゃない。

誰かを否定する暇があったらもっと自分自身を否定したい。そしていつか肯定してあげたい。

 

 

 

 

 

 

 

at 19:05, あおき, コラム

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