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平凡な不安

平凡な1日を過ごした夜に、こんな感じで日々が続くならいつ死んでもいいな。と思った。

おや、これは核心をついているぞ?自分は一体、どのような形で死ぬんだろうか。

人生に保障をかけたくないという気持ちを持ったまま死ねたら最高なんだけど。


いつ死んでもいいってどれだけポジティブな考え方かわかるだろうか。

あらゆるしがらみからの解放だ。

いつ死ぬかわからないから大切にしなきゃいけない。死ぬのは相手ではなくて自分だ。

しかし自分がいつ死んでもいいように準備するのは何か違う。

そりゃ明確にあと何ヶ月ですと決まっているのであれば、あなたの誕生日に毎年手紙を書くわ、ぐらいの奇行に出ることは可能なのだけれど、

そう都合よくもきっといかない。
少なくとも現状は命の宣告をされていない。

されていない自分に、宣告をされた人の気持ち理解できないし、理解できないことを思い悩むこともない。

理解できるほどの想像力がある人にそれはまかせるとして、いや当事者になってないからこその考えは、当事者になってからでは戻れない領域だ。

安心で安全になっても、きっとまたその中で不安を見つけだしてしまうのだろうな。
そうであるなら何をやっても同じ。何をやっても同じなら、何もしないよりはいい。

ところで今日はずっとメガネをかけていた。何かが見えすぎていたけど、見えすぎていてほしい。と思った。
見たくないことに蓋はしない、しかし蓋の中身には耐えられないのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

at 23:00, あおき, 日記

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