もっともっと

いや〜幻想幻想。

は〜ホント幻想だらけのこの世界。

現実は頭の中にしかないのか?とも思いたくなってしまう。

幻想のままでいてくれたらまだいいのか? それとも現実を知ったほうがいいのか?

そら〜どっちもどっちですわな〜。

 

思ってたことが思ってたほど良くないってことばかりだから

もしかしたら、それだからこそやめられないのかも。もっともっと、と何かを求め続けていられるのかも。

 

しれませんな〜。

 

 

at 13:23, あおき, コラム

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マナーとか

マナー違反の批判に対して、同意できないことが多い。

自分としてはそんなことマナー違反と思わない、ということで怒ってる人が多い。

ポイ捨てした人がいたら、そのゴミを自分が拾ってあげればそれで終わりだ。

やってあげてしまってはその人のためにならないとか、考えるのかな。

なんでその人のために怒る必要があるのだろう。みんな逆に優しすぎ?なのかな。

優しすぎるからマナー違反を許せず怒りだすのだとしたら、なんか変だ。

でも本人たちはそう思っているのかもしれない。

自分がこんなにしっかり守っているのだから、他人が守らないのは許せない。という発想か。

そもそも誰かのマナー違反を怒る人は、自分自身はマナーが良いと思っている可能性が高い。

いや、そうでなくては話が矛盾してくる。

そう考えるとほとんどの人は、誰かに注意できるほどの高尚な人間ばかりということになる。

それとも、それとこれとは話は別。確かに私は食べ方も汚いし、優先席も座るけど、歩きたばこだけは絶対にしないから。

とか、そういった解釈に包まれて、自分を正当化させる技に成功しているのだろうか。

 

自分の許容が大きいとも思えないので、何かを正そうとする正義感らしきものが自分には大幅に欠けているのかもしれない。

自分が我慢をすればいい、とすらも思わない。そもそもの発想がかけ離れて違う。

違うからこそ理解できない。

 

お互いを理解できない物同士が議論しているけど、お互い意見を変える気が最初からないのに、何をやってるんだろう、と思う。

誰かの気持ちを変えたくて、変えたくてしょうがないらしい。かくいう自分といえば、もっとマナー違反について怒る人が

少なくなればいいのに。と願っている。マナー違反をする人を減らすより、そっちのほうがいいと思ってしまう。

近所の公園はゴミだらけだから、よくゴミ拾いをしているのだけど、その時に、

自分が15歳くらいだとして、地元の友達と公園で深夜に遊んでいたとして

花火とかやったとして、終わった時にゴミちゃんと捨てて帰ろうよ。っていうノリを出すことができるかな〜

できない場合も全然想像できるな〜それぐらいちゃんと言える友達がいたほうがいいに決まってはいるけど

それは言うがヤスシだよな〜、だとすればその場のノリを考えて華麗にポイ捨てしていただいて、友達と仲良くやってもらって

ゴミは自分のような人が拾えばいいよな〜。ということを想像している。

学ぶ機会なんて他にあるし、それが責任転嫁だっていうなら責任転嫁なんだろうな〜と思いながら。

 

そして自己責任って言葉にも過剰に反応したくない。自己責任って言葉嫌いすぎだろう。

もっとカタカナのかわいい感じの表現にしたら、もっと柔らかく浸透するかもしれない。

 

at 13:39, あおき, コラム

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あされん

今日は仕事前にスタジオで朝練をした。6時から7時までの1時間。バッドコンディション重森と二人。

ライブがあるわけでもなく、緊急の用事もないのに朝5時半に集合するというのが、とてもいい。

こういった行動は自分にしっくりくる。爽やかに身体を動かしてから満員電車に突撃した。

スタジオには1日の終わりで入る事がほとんどだったけど、スタジオから始まる1日もあっていい。

 

ある目的を達成するために、絶対に手を抜いてはいけない部分がある。

それが何かはいいとして、思えばいつもないがしろにしていた部分だった気もする。

自分が傷つかないために無意識にとってしまう行動は多い。

でもそれに気づけたのら、やっぱり少しは変われるんじゃないか。

しがらみ解放されたら楽になる。

 

忘れてた事も、ホントは忘れてると思い込んでただけで

自分の体の中にはしっかり残っていたりする。

忘れたいなら

 

批判の批判の批判の批判は肯定か?

口を塞いで語らないことが1番素敵じゃないか、とも思う。

 

 

 

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at 13:05, あおき, コラム

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わかりやすさを遠ざけることで結果伝わらないジレンマ

しかしまーあれですよね!

気持ちって上がってる時と下がってる時があるじゃないですか!

でも一度下がると、なかなか上がらなくなる時ってあるわけですよね!

そうなってしまうことを考えると、人と人とのタイミングというものは儚くも切なく脆く崩れ去っていってしまっても

いたしかたなしやと思えなくもないことだと思うわけであります!

その時は本気でそう思っていたけど、今は本気でそう思ってない。という状態にもなったりするじゃあないですか。

そしてその状態を寂しいとも思わない状態になったりするじゃ〜ないですかー!

自分がそのモードに突入することが、わりと好きなことに気づいてしまった近頃ですよ!

 

ところで先日、ツイッターやインスタグラムで巷をにぎわしている人達を現実に見ることができる集まりのようなイベントのような

いわゆるコミケ的な、でもコミケじゃないやつに行ってきたんですけど、その現実とのギャップに目を疑いました!

写真とあまりにも違う!あまりにも!あまりにも!あまりにも!

写真の技術が上がりすぎて〜本当の君を追い越してしまったようです!愕然としながら、30分並んで入った会場を20分ほどで去りました。

行った価値ありすぎて目が覚めるような思いでしたね!そしてそこに群がる人達と自分の温度差にも少々落胆しました。

あぁ自分はここにもなじめないのだと思った次第です!

 

いや、なじんでるってどういう状態だろうか!

自分がいても違和感がない、という意味ではおそらく違和感はなかったであろう!

違和感を発する勇気もなかったのだから! それにしても全く世界は広すぎて、嫌になりますね!

 

 

 

 

 

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at 15:20, あおき, コラム

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何ともいえない

いやーこれはね。

何とも言えないね。

なんでしょうかねこの感情は。

あーこれこれ。忘れてたこの感覚はーってさ。

万能感に近い、絶妙な安心感というか。

だいぶ時間が必要だったけど、こんな未来が待ってたか。って感じはある。

また時間が経つとこの感情も過ぎ去るのだろうけど。なかなか悪くない。

1人の人間から与えられる影響は想像してるより大きい。

大切になればなるほど失った時落ち込むけど、死ぬほど落ち込むためにもっと大切にしたいとも思う。

あとは疑わないければいいだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

at 18:59, あおき, コラム

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空気

あっちは空いてるのに何故こっちに集まってくるんだろう。

人の群れを通りながら、誰もいない方へと向かった。

しかしそこにはまた人が群れをなしている。どこに行っても、ただそれだけのことだった。

すれ違う時は、なるべく肩が触れないように意識した。

 

街をただ歩いているだけで時間が経っていた。

ここにあったはずのお店が反対側に移動していたり、似たようなお店がまた増えていたりした。

同じ道をぐるぐる回っていても飽きない。

自分がそこにいるのに、空気のように扱われるのが心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

the band apart(naked)の新譜が出た。最高。

なぜバンド名に(naked)がつくようになったのかは知らない。

 

 

 

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at 18:17, あおき, コラム

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懐かしい人

ふと会ってない友達に会いたくなったりするタイミングってあるじゃないですか!

でも自分がそう思った時に相手側が思ってなかったら終わりじゃないですか!

そして自分がそう思ってない時に懐かしい人から連絡きてもテンションそこまで上がらないじゃないですか!

ということは自分がいきなり連絡しても相手はテンション上がらないということになりますね!

別にテンションは上がらなくてもいいですけど、久しぶりに連絡するからにはある程度こちら側から

テンションは上げ目でいかなくてはいけないという気がしてきて、

その事を考えると、なんだか面倒になってきて結局連絡しないっていうことがあるじゃないですか!

まぁもう会う事はないだろうなーとか思って連絡先を消しまくったりするタイプの人はこういう時不利ですね!

会うことはないだろうなーとか思っても結局また会いたくなったりするじゃないですか!

まぁそう思った時に連絡しないために消したりしてるという節もありますね!

なんて自分に厳しいんだその人は!

自分に会いたいと思ってる人がゼロなことと、

自分が会いたい人がゼロなことはどっちが寂しいんだろう?とか思ったりもしますが

それは間違いなく両方寂しいぜ!

それにしても会いたいってこの四文字のパワー強いな!だいぶな!!

 

 

ところで今度ステーキの食べ放題に行くんですけど、2枚以上食べられる気がしません!

ではなぜ食べ放題に行くのか?というと、これは挑戦だからです!

絶対食べられないと思ってる自分とのね!下手したら食べたいとも思ってない自分との!

放置状態のインスタについに食事の写真をあげようと思います!

これも食事の写真をアップするなんて恥ずかしくてできない!という気持ちとの戦いなんですよ!

 

 

 

 

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at 11:04, あおき, コラム

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週末はカレー

指切りげんまん嘘吐いたら針千本の〜ますっ。

別に気にしなければいいって、それは自分に言い聞かす言葉だ。
自分だけが自分に言っていい言葉だ。

人を許すなんて大それたことじゃない。えぇ、まぁ気にしませんから。
ただそれだけの事で、ほとんどは片付けられる。
なんで気にしないの?頭おかしいんじゃないの?

あなたの価値観からしてみればそれはそうかもしれない。

忙しぶる必要なんてない。
お忙しいところすみません、って言われて、そうだ俺は忙しいんだって、それで満足か?
ずっと、いやぁ全然忙しくないよっていい続けたい。

そしたら週末はカレーでも作ろうか。


 

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at 23:08, あおき, コラム

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見えない所に惹かれる

何かが欠けてるところに人は魅力を感じる。
髪で顔が半分が隠れていると、その見えない所に惹かれていく。

見たい理由は見えないから、興味がない理由は全て見えてるから。
たまに意図的に隠したりもしたりして。
相手の気持ちが見えてたら、つまらないって思うだろうか。
何考えてるかわからないほうが、楽しいのかな。
自分がもっと知りたいと思う人はどんどん遠ざかる仕組みになってる。

おや、これは、心理だな。

 

 

 

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at 23:51, あおき, コラム

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日常にあいた空白

人を待つのは嫌いじゃない。
その時間は、騒がしい日常にあいた空白のように感じる。

その隙間の時間に、目の前を通り過ぎる人達を見る。
もう、一生すれ違わない人達の連続。
自分とは違う人々。

そして自意識過剰になっていく。どこからがフィクションなんだろう。境界線がとても曖昧。
でも基本的にフィクションだとは思わない。言わなきゃ誰もわからない。言ってもそれはわからない。当時者しかわからない。

見えないものを見ようとして、今日は眼鏡をかけた。

 

 

 

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at 23:30, あおき, コラム

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